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Sexual Reproductive Health and Rights Initiative

公開勉強会第3回/前編「『生きる』教育〜Trauma Informed Education〜」小野太恵子氏

2021年4月から、小中高校で「生命(いのち)の安全教育」と題した教育のモデル事業が実施されています。水着で隠れる、いわゆる「プライベートゾーン」を人に見せたり触らせたりしないことやデートDVなど、性暴力の当事者にならないための教育に取り組む方針です。2021年2月11日に行った今回の公開勉強会では、生命の安全教育のモデルになった大阪市立生野南小学校の「性・生教育」について、同校教員の小野太恵子氏にお話しいただきました。

※同日の公開勉強会では、小野氏に続き、包括的性教育の実現のために、外部講師として学校の性教育に積極的に取り組む産婦人科医の高橋幸子氏(埼玉医科大学産婦人科)、家庭で行う性教育のためのサイト「命育(めいいく)」を運営する宮原由紀氏(Siblings合同会社CEO)にもお話を伺いました。中編と後編として掲載いたします。

今回の勉強会の動画をYouTubeにて全編公開しています。記事とあわせて、ぜひご覧ください。

また、スライド資料も公開しております。
> 生野南小学校 小野太恵子氏「R3.2.11 生きる教育プレゼン1〜4」
> 生野南小学校 木村幹彦氏「R3.2.11 生きる教育プレゼン5」

窃盗・恐喝・暴行事件が同時多発する小学校の景色を変えた授業づくり

大阪市立生野南小学校では、大阪市から助成を受けて進めている2つの研究があります。

(1)心を育てる「国語科教育」、ことばで紡ぐ「『生きる』教育」
(2)アタッチメント(愛着)理論で紡ぐ9年間の「性・生教育」

教員の小野太恵子氏は、「これらの研究を立ち上げてから丸7年がたった今、デリケートな内容を扱っているにもかかわらず、地域、保護者、社会からの理解が得られつつある」と話します。

約10年前、同小学校に広がっていた景色は、教室で窃盗があり、器物破損があり、転落事故がある――というものでした。児童が教員に暴力を振るい、校外で万引きをし、LINEでいじめをし、公共物に引火させる。同級生への暴力がエスカレートし、隷属的な力関係ができている教室では、コンパスが飛び、机の下でマスターベーションしている男児がいて、女児が友人を顎で使う。「教室から物を取りに出ただけで、出血して帰ってくる。端的に言えば、窃盗・恐喝・暴行事件が同時多発している状況だった」と小野氏は言います。

このように荒れた学級・学校は、生活指導と保護者対応による教員の心身の疲労を蓄積させ、授業などの準備不足につながり、さらに学級・学校が荒れるという悪循環に陥らせました。

そこで、同小学校の教員たちがはじめに取り組んだのが、準備不足へのアプローチでした。「どんな形でもいいから、暴力を言葉に代えることを目標にしてきた。本来子どもが持つ知的好奇心を信じ、授業の力を磨いてきた。『殴って面白い』から『勉強が面白い』に子どもの価値観を変えるのは、やはり授業」(小野氏)。面白い授業で子どもたちを惹きつけ、そして暴力の根底にある自己肯定感の低さに着目し、学校を挙げてアプローチする方針を固めました。

そのスタートダッシュとして、愛情をベースとした確固たる生活指導を行って、一気に荒れを鎮火させたのが、2011年から同小学校に在任している木村幹彦氏(現・校長)でした。小野氏は、「大阪がずっと大事にしてきた人権教育で、共感と感動を知らなかった子どもたちの心を耕し続けた。そして、約180人の子ども全員の個性が輝くよう、学校のあちこちにしかけをし、できることは何でもした」と振り返ります。

その結果、暴力は激減。2014年には要医療件数が対人関係31件、不注意36件だったのが漸減し、2020年には不注意6件のみとなりました。生活規範が身につき、笑顔も増えたと言います。学力も全国平均を上回り、全教科で向上を続けています。

愛着関連トラウマに着目し自己肯定感の向上を目指す

ただ、それでも向上しなかったのが自己肯定感でした。アンケートで「あなたは自分のいいところを見つけることができますか」と聞くと、「あまり」「ぜんぜん」と否定的な評価をする子どもたちが、毎年3割ほどいました。この子どもたちは、ほとんどが同小学校の校区にある児童養護施設から通っていたことから、生い立ちや家族機能の課題が見つかってきました。

そこで初めて、同小学校の教員たちがアタッチメント(愛着)関連トラウマに着目することになりました。「荒れの根底にある心の傷と、それゆえの病的な身体・言語表現を一つひとつ整理していくと、殺さんばかりの殴る・蹴るは、トラウマの再演に酷似していた。良心の呵責とは無縁も当然、心に大切な人など住んでいない」(小野氏)。生い立ちから、支配か隷属という人間関係しか知らず、親切にしてくれる大人には徹底的に試し行動に出る児童たち。神経を逆なでする言動は、「お前はどこにも行かないか」と問うているようだったと言います。小野氏らは、「親の感情を中心に育ち、照らし返しもなかった。そんな人生では、自己は育たない」と、この愛着課題にアプローチしていくことを決意しました。

同小学校の教員たちが、山梨県立大学教授の西澤哲氏による研修をはじめ、アタッチメント関連トラウマの研修を2016年度から受けたことで、同小学校の教育活動に治療的視点が加わりました。小野氏は、「自己防衛せずに付き合える友達、試さなくても信じられる先生と一緒に過ごせること。そして『自己』と丁寧に向き合える学びの場があるということ。こうした環境を目指し、子どもたちが言葉で伝え合える力を身につけ、新しい価値観を育めるような取り組みを一つひとつ確立してきた」と語ります。

これが、7年前に始めた「心を育てる国語科研究~伝えたいことを伝えたい人に伝える力~」でした。国語教育の結果、児童たちは対話、議論、討論ができるようになりました。小野氏は「豊かな言語活動を楽しめる力が身についたことで、『生きる』教育でも、デリケートな内容に、安全に切り込むことを可能にしている」と言い、「国語科研究なくして、本校の『生きる』教育は存在しない」と断言します。

全ての土台となった国語教育

国語教育では、共感性の乏しさを豊かにしたいと、主人公に寄り添える読み方を工夫しました。「とはいえ、とにかく文章が読めない」(小野氏)ということで、教科書にはないスモールステップをたくさん用意しました。文章を感情別に色分けしたり、絵本やICTを駆使したり、物語を児童たちで演じることで、子どもたちを物語の世界の中に入り込ませます。学習の足跡を視覚化し、家庭学習にも働きかけました。すると、「暴力ではなくても正しく伝えられることを知った子どもたちは、かつてけんかの原因であった『違い』を面白いと捉えるようになった」と言います。

良い言葉に出会い、語彙を増やす取り組みを地域の図書館と連携しながら進め、説明文を読み解く授業へと移行しました。「文節ごとに立ち止まり、低学年のうちから助詞や助動詞、接続詞の効果や良さに気づけるよう、まずはスモールステップを生み出した」(小野氏)。アニメーションを使ったり、文章をパズルのように組み立てることで、筆者の意図に迫り、文章構成の基礎を学びました。問いと答えの関係、文章の順番の意味、分かりやすい表記の方法、第三者の視点、事実、理由、具体例など段落が持つ役割、段落構成に隠れた筆者の意図などを1年生から6年生まで順番に学び、何かを論ずる際に必要な力を身につけようと、授業が設計されました。

さらに、2つの文章を比較読みする領域では、風呂敷について書かれた「店頭のカード」と「専門書」というアプローチの違う2種類の文章を比べたり、体温計について書かれた広告と説明書、高学年では同じニュースを扱った2社の新聞記事を比べて読み解くことで、「誰のために、何を伝えたい文章なのか」を理解し、言葉の背景に人の心があることを会得しました。小野氏は、「言葉は、心地のよい距離感と、孤独からの解放を子どもたちにもたらした」と語ります。

「生きる教育」は「人生の勉強」

こうして子どもたちが身につけた「伝える力」と、同小学校の教員陣による「ゼロから授業を生み出す力」が、「生きる教育」の礎になっています。小野氏は、「治療が必要な実態に学校体制で答えていくには、安心・安全な環境の中で、個別対応と集団的アプローチをきめ細かく使い分けること、その上で愛着課題に向き合っていく必要がある。慎重に、丁寧に向き合っていくべき愛着という部分に対して、子どもたちにとっての過去・現在・未来という枠組みで考えた」と授業づくりの基本を語ります。

過去とは、教育の枠を超え、アタッチメント関連トラウマの専門知識を共有し、子どもたちの過去を知るということ。現在とは、本来の学校の仕事である、とにかく今を輝かせること。未来とは、人生を歩く上で正しい知識を与えること。これこそが「生きる教育」だと、小野氏は言います。

心が満たされてくると、子どもたちは安心していろんなことをつぶやけるようになります。ここに、授業をつくる上でのたくさんのヒントが含まれていたそうです。

同小学校では、「生きる教育」では、被害者にも加害者にもならないための「予防教育」と、ライフストーリーワークと「自己」の確立に結びつく「治療的教育」という2つの視点で、5年の時間を掛けて9本の授業を作ってきました。

「『生きる教育』とは、一言で表すなら『人生の勉強』だ」と小野氏は説明します。生い立ちや親子関係に課題を抱える児童に対し、アタッチメント理論を踏まえ、自己肯定感を高めるための支援として、授業で直接アプローチする取り組みです。「自分」「赤ちゃん」「生い立ち」「子ども」「大人」「パートナーとの関係」「親子関係」など、子どもたちの人生で一番身近でありながら、心の傷に直結しやすいテーマを、あえて授業の舞台に乗せて客観的に捉え、正しい知識を習得し、対話を通して未来を生き抜く価値観を見出すことが狙いでした。「価値観の修正が必要な子もいれば、そうではない子もいる」(小野氏)。どちらの子が授業を受けてもいいよう、内容を一般化するためのさじ加減に悩んできたと言います。

パートナーとの関係がうまく築けず、出産・子育てで孤立し、子どもを虐待してしまい、そこで虐待を受けた子どももパートナーとの関係をうまく築けないといった悲しい負の連鎖の一端を絶つ……、そんな願いを持って、これらの授業はつくられました。小野氏は「対話のなかで、友達の力でお互いの力を引き出すことを、授業づくりの視点としてきた」と話します。

授業は、1年生で性被害防止の授業をし、2~4年生で「ライフストーリーワーク」というワークを行って「自己」と向き合い、5年生でDV防止教育、6年生で虐待防止教育という構成になっています。2021年度は、小学校カリキュラムの上に、より切り込んだ内容で中学校の授業も作られました。中学1年生では、思春期の揺れを脳科学という視点で冷静に見つめ、中学2年生では人を好きになるということの深層心理に迫り、中学3年生では義務教育の最後、社会という視点で人とのつながり方を見つめ直すことをテーマとしています。

小野太恵子(おのたえこ)

大阪市立生野南小学校 教諭
平成15年4月 (株)大倉実業 入社
平成17年4月 大阪市立塚本小学校 講師
平成19年4月 大阪市立鶴町小学校 講師
平成20年4月 大阪市立矢田北小学校 教諭
平成24年4月 大阪市立生野南小学校 教諭

現任校へ赴任し、3年目に研究部長として学力向上に向けた取り組みを進める中、トラウマ・アタッチメントの視点を授業づくりに取り入れる。現在、福祉・心理分野の国家資格取得を目指している。

木村幹彦(きむらみきひこ)

大阪市立生野南小学校 校長
1985年4月 大阪市立港南中学校 社会科 教諭 
1990年4月 大阪市立梅南中学校 社会科 教諭 
1998年4月 大阪市立大正東中学校 社会科 教諭 
1999年度から学年主任3年、生徒指導主事2年、首席・教務主任4年
大阪市立中学校教育研究会 特別活動部 副部長(1989~2007年度)
柔道部顧問(1985~2007年度)
2008年4月 大阪市立田島中学校 教頭
2011年4月 大阪市立生野南小学校 教頭
2017年4月 大阪市立新北島小学校 校長 
2018年4月 大阪市立生野南小学校 校長 

執筆:増谷彩=omniheal/医療ライター
編集:高木大吾(Design Studio PASTEL Inc.)

投稿:2021年07月02日