京都大学 学際融合教育研究推進センター

リプロダクティブ・ヘルス&ライツ
ライトユニット

Reproductive Health and Rights Light Unit - SRHR.JP

公開勉強会第3回/前編「『生きる』教育〜Trauma Informed Education〜」小野太恵子氏

2021年4月から、小中高校で「生命(いのち)の安全教育」と題した教育のモデル事業が実施されています。水着で隠れる、いわゆる「プライベートゾーン」を人に見せたり触らせたりしないことやデートDVなど、性暴力の当事者にならないための教育に取り組む方針です。2021年2月11日に行った今回の公開勉強会では、生命の安全教育のモデルになった大阪市立生野南小学校の「性・生教育」について、同校教員の小野太恵子氏にお話しいただきました。

※同日の公開勉強会では、小野氏に続き、包括的性教育の実現のために、外部講師として学校の性教育に積極的に取り組む産婦人科医の高橋幸子氏(埼玉医科大学産婦人科)、家庭で行う性教育のためのサイト「命育(めいいく)」を運営する宮原由紀氏(Siblings合同会社CEO)にもお話を伺いました。中編と後編として掲載いたします。

思春期まっただ中の心の揺れを脳科学の視点で捉える

中学校でも「生きる教育」は続きます。中学1年生は、心の機能や性的な発育がめざましい時期。小野氏は「自傷行為、引きこもり、暴力、すべて中学校の現実だ。小学校でどれだけ取り組んでいても、思春期とトラウマがもたらす破壊力はすさまじいものがある。理性では抑えきれない心の揺れを、脳科学という形で捉える授業づくりをした」と語ります。

脳では、思春期に大きな変化が起こっています。「まず、体の変化や感じているイライラなど、日常のストレスを脳とホルモンの働きから分析し、脳=心であることに気付くようにする」(小野氏)。授業では、倫理的、道徳的に判断を迷うような場面を例示し、なぜ自分は正しい判断ができるのかを振り返ります。例えば、「宿題をするか、さぼるか?」「 他人の秘密をばらすか?」「 親の財布からお金を取るか?」「 どうしても欲しいものがあってお金がないとき、盗むか?」 こういったときに正しい判断ができるのは、友達や親を裏切りたくない、信頼を失いたくない、これまでの自分の努力を崩したくないなど、生徒それぞれの心のなかに、間違った選択を防ぐストッパーがあるからです。

大切な思い出や人、知識がしまってある場所を「心の安全基地」として、そこがストッパーになることや、その存在が人生において重要であることを伝えます。これまで意識できなかった心のストッパーに気付く生徒もいれば、そこが空っぽと気付く生徒もいます。後者の生徒に、「そこは今からでも埋めることができ、そこに住む人は家族や養育者ではなくてもいい」ということを伝えるのも、この授業の狙いです。

ただし、心に安全基地があっても乗り越えるのが難しいのがトラウマで、心と体がつながらないこともあると理解していきます。自傷・他害行為とフラッシュバックの事例については、少し先の未来を提示し、「こうならないように今できること」を考えていきます。例えば、トイレ掃除中に顔に水がかかったので友達を殴ってしまったことがある人が、3年後、とても大好きな彼女ができたのに殴ってしまうことがあるといった事例です。

「この人がもし友達だったら、自分は友達に何ができるか。」この話し合いを通して得た知識は、友達へのエンパワーメントにつながります。また、もし事例の人が自分だったらどうするかということも考えます。知識は、自身のレジリエンスにもなるのです。

DVの加害者・被害者の視点からパートナーシップを考える

中学2年生では、人を好きになることの深層心理にアプローチしていきます。自分だけを見てほしい、そんな恋心が誰かを傷つけることがないよう、ここでは支配的な言動を法的な視点から否定し、両者にある依存にも注目していきます。小野氏は、「恋愛=アタッチメントの再形成となるケースは少なくない。幼い日々に失われた愛情を埋めようと、どんなにつらくても、恋人を象徴的親としてしまって離れがたくなり、心理的境界線をうまく引けなくなることがある」と説明します。

今、生徒たちに人気の少女漫画やドラマには、容姿のいい男性の支配的な言動が描かれているものが少なくありません。しかし、生徒たちはDV被害者の実際のインタビューから、いっせいに現実に引き戻されます。好きな人からの暴言暴力を、一時でも許せてしまう理由に脳科学から迫り、内閣府男女共同参画局が提示しているドメスティック・バイオレンス(DV)の定義に触れることで、社会問題として捉え直すスタートラインに立ちます。

グループワークでは、たくさんのDV事例を、身体・精神・経済・性・社会的制限に分類します。分類しきれない事例はどこにダメージがくるのかを考え、被害者の視点を学びます。加害行為には法的罰則が課せられることも伝え、「恋人同士なのだから2人の問題」となりがちな思考にストップをかけます。具体的な対処法と相談窓口も伝えていきます。

ここでの学びから、あるカップルを描いた漫画からDVを見つけるワークを行い、ひどい目にあっても離れない被害者側の心理に迫っていきます。14歳の生徒たちから、両者の「依存」という言葉が出てきたのを見た小野氏は、「イライラ期(緊張期)、爆発期、ハネムーン期というDVの負のスパイラルを、子どもたちは説明せずとも理解していたようだった」と話します。同時に自分だけを見てほしいという加害者の心理をどう修正すべきかも話し合い、「恋愛だから(許される)」という理由が通用しないことも再度押さえます。

小野氏は「いつか本当に大切だと思える人に出会えたとき、寂しさを埋めるために傷つけあうのではなく、幸せを自分の力で生み出し、分け合えるようなパートナーシップを築いてほしい」と考えています。

「虐待はダメ」で終わらせず親の苦しみにも思いを馳せて自分ごと化

義務教育の最後となる中学3年生では、社会に目を向けていきます。小野氏は「小学6年生ではまだ早い内容を、中学3年生にすえることで、やっとゴールを定めることができた」と言います。中学3年生では、抽象的思考が育ち、自身の生い立ちを俯瞰して捉えることができるようになっています。親の背景にまで思いを馳せることができるのが、15歳です。

ここで、同小学校の本丸、児童虐待に真正面から向き合う授業をつくりました。始めに外部講師を招待し、苦労してきた若くしての結婚や子育てについて語ってもらいます。授業冒頭、「親としてこれだけはやったらダメだと思うことは?」と聞いたとき、圧倒的に多いのが「子どもに『産むんじゃなかった』と言うこと」という意見です。他にも、ここで出てきた意見の一つひとつが虐待であることを伝えます。

虐待対策については、厚生労働省をはじめ、国レベルで取り組んでいる施策や法律、福祉資源があることを伝え、子どもを守る社会資源(乳児院、児童養護施設、母子生活支援施設、自立支援ホームなど)が存在するということを学びます。その上で、こうした支援があっても守られない親子がいる、命を落とす親子がいるという現実も改めて伝えます。

授業では、実際に起きた虐待事件を授業に持ち込みます。なぜそこに至ったか、逮捕された親たちの心理鑑定の一部を教材として使用します。犯行は決して許されることではありませんが、生徒からは、背景にある親の苦しみを思う声が挙がってきます。生徒たちが「虐待事件は他人事ではない」と捉えなおすことは、ではどうすればいいか、自分たちは何ができるか、どんな社会にすればいいのかを考える、次の活動の原動力になります。

最後に小野氏は、1つのエピソードを語りました。「この授業は主にレクチャーではなく、子どもたちの心に灯がともり、何かが湧き出るのを待つ。ある生徒が、『罰金100万円と言ったら殴らないようになる?』と教員に聞いた。この子の周りには、幼い頃から壮絶な暴力があった。授業冒頭では『こんな授業しても無駄だ』と投げやりだった生徒だったが、1時間の授業でゆっくりと態度を変えた。授業冒頭は、自分の人生がいきなり授業になって驚いていたのだろう。声をかけたときも、『お前に何が分かるのか』といった反応だった。しかし、虐待の根底にある真実は、決して遠い話ではないんだとまっすぐ投げかけてくる教員や苦しんでいる親子をなんとかしようと語る友達を見て、ゆっくりとエンパワーメントされたのではないかと思う。彼が授業の最後に言ったのは、『みんなの意見がこれから大人になる人にも通用したらいいと思った』だった。苦労してきたからこそ生み出せたこの言葉がいつか誰かの力になればと思う」(小野氏)。

人は1人ではない。社会の中で生きている。みんなと生きている、そう思える世の中に。小野氏は、「学習指導案に魂を宿すのは授業者だと、改めて痛感した」と言います。同小学校の「生きる教育」について、小野氏は「子どもたちの身近にある差別や支配、暴力などを、一人で抱え込むのではなく、みんなで考えるべき社会の問題として授業に載せて解決していくこと」と考えています。今後は、同研究をさらに進め、科学的な根拠や社会性をより強固にしていきたいと語りました。

小野太恵子(おのたえこ)

大阪市立生野南小学校 教諭
平成15年4月 (株)大倉実業 入社
平成17年4月 大阪市立塚本小学校 講師
平成19年4月 大阪市立鶴町小学校 講師
平成20年4月 大阪市立矢田北小学校 教諭
平成24年4月 大阪市立生野南小学校 教諭

現任校へ赴任し、3年目に研究部長として学力向上に向けた取り組みを進める中、トラウマ・アタッチメントの視点を授業づくりに取り入れる。現在、福祉・心理分野の国家資格取得を目指している。

木村幹彦(きむらみきひこ)

大阪市立生野南小学校 校長
1985年4月 大阪市立港南中学校 社会科 教諭 
1990年4月 大阪市立梅南中学校 社会科 教諭 
1998年4月 大阪市立大正東中学校 社会科 教諭 
1999年度から学年主任3年、生徒指導主事2年、首席・教務主任4年
大阪市立中学校教育研究会 特別活動部 副部長(1989~2007年度)
柔道部顧問(1985~2007年度)
2008年4月 大阪市立田島中学校 教頭
2011年4月 大阪市立生野南小学校 教頭
2017年4月 大阪市立新北島小学校 校長 
2018年4月 大阪市立生野南小学校 校長 

執筆:増谷彩=omniheal/医療ライター
編集:高木大吾(Design Studio PASTEL Inc.)

投稿:2021年07月02日