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Sexual Reproductive Health and Rights Initiative

公開勉強会第2回/前編「生命補助医療とセクシュアル/リプロダクティブ・ヘルス&ライツの課題」柘植あづみ氏

2021年1月24日、生殖補助医療をテーマに第2回公開勉強会を開催しました。前月の2020年12月4日には、日本で初めてとなる生殖補助医療に関する法律「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(生殖補助医療法)」が衆議院本会議で可決・成立したことを背景に、同法とセクシュアル/リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(SRHR)について明治学院大教授の柘植あづみ氏に、不妊治療や生殖補助医療の現状について琉球大学病院周産母子センターの銘苅桂子氏にお話を伺いました。

この記事では前編の柘植あづみ氏の講演をレポートします。

日本におけるSRHRの課題

スライド資料より

日本のSRHRを巡る課題の始まりは、1907年に刑法に中絶を禁止した「堕胎の罪」が規定されたことだと柘植氏は言います。その後、1948年に優生保護法が制定され、優生思想が取り入れられました。後に「経済条項」の追加などの改定が行われました。中絶件数が増えたため、「経済条項」の削除の動きとそれに対する反対運動も何度か起きました。また、障害者の権利運動からは、優生思想に基づく本人の同意のない不妊手術や同意せざるを得ない状況での中絶などが障害者の人権侵害として優生保護法に反対してきました。この結果、1996年に優生保護法は母体保護法へ名称変更され、優生的な条項はすべて削除されました。

2000年代初めには、「いきすぎた性教育」や「女性が勝手に子どもを産む産まないを決めている」といったSRHRへの政治的な批判がありました。その結果、性教育や女性のSRHRに関する運動が行政に取り上げられにくくなり、政治的・教育的に押さえつけられた状況になっていきました。

一方、2001年に発表された国内初の代理出産や「不妊治療の保険適用を実現する会」の発足などが追い風となり、生殖補助医療技術が広がりを見せました。これに伴い、生殖補助医療については父子関係に関する裁判を含む様々な裁判が起きます。そこで厚生労働省から委員会の報告書が出され、生殖補助医療法案の基となる案が作成されましたが、結局、法制化されることはなく、日本では生殖補助医療に関する法律がない状態が続いてきました。

「生殖補助医療法」にはまだ不十分な点がある

最近では、少子社会対策として子育て支援がされても、なかなか支援の効果が出ないと政府が判断したためか、女性の晩婚化、出産の高齢化が原因として着目されるようになりました。20歳代での結婚や出産が推奨され、それを象徴するメッセージとして「卵子の老化」教育がなされるようになったのです。2000年代の初めには、不妊治療の相談センターを設けたり、特定不妊治療費用に助成金を出したりして、不妊治療や生殖補助医療の推進に議論が移ってきました。そして現在議論されているのは、不妊治療の保険適用であり、生殖補助医療に関する法律が12月に成立しました。

柘植氏は、先日成立した「生殖補助医療法」に反対はしていませんが、不十分な点があると考えています。一般的に、法案に指摘があれば成立前に修正するなど対策を講じますが、「今回は提出者がいっさい修正を認めないと明言したらしい」(柘植氏)とのことで、提出されたままの内容で法律が成立しています。

同法律は、(1)生殖補助医療の実施の理念、(2)精子提供、卵子提供で生まれた子とその親の民法の特例を定めることを目的としています。現状、民法では「子を出産した人が母で、その配偶者が父親と推定される」という旨のことだけが書かれています。そこで民法の特例を定めることで、生殖補助医療によって生まれた子の親子関係を確定させることを目的としたのです。

スライド資料より

不妊治療と生殖補助医療には、性交によらず卵子と精子の受精を生じさせる技術(人工授精や体外受精、顕微授精など)があります。生殖補助医療法は、これに加えて他人からの精子提供や卵子提供で妊娠するケースも扱います。代理での妊娠・出産(代理懐胎)のケースについては、今後検討するとされています。

スライド資料より(柘植氏が法案を要約)

同法律が規定した内容としては、(1)生殖補助医療は夫婦間の不妊治療として実施されることというものがあります。夫婦、つまり婚姻しているカップルが不妊の場合に対象となるため、未婚の人や同性のカップルなどは対象にならないことが暗に示されています。

また、(2)生殖補助医療で生まれた子の親子関係について、例えば「第三者からの卵子提供によって妊娠・出産した場合は、その子の母親は出産したものとする」という旨のことが書かれています。ここでは「産んだ人が母親」と規定しているため、代理懐胎で出産した人が母親になりますが、それは今後議論するという意味で、附則に「特例を設ける」可能性があるとも書かれています。柘植氏は、「ここには代理懐胎という言葉は一言も出てこないが、この特例は代理懐胎を想定してのことだろう」とみています。また、「妻が、夫以外の人から精子をもらって妊娠し、子どもを産むことに同意した夫は、その子どもを摘出否認(法的に自分の子どもではないとすること)できない」という旨のことが書かれている部分もあります。つまり、精子提供者が父親にはならないということです。そしてこの附則に、「生殖補助医療の規則、出自を知る権利、代理懐胎などについては2年以内に検討する」ということが書かれています。

今回、成立前に修正が認められなかったため、今後機会があれば修正するという「附帯決議」が参議院で14項目、衆議院で15項目付されています(参考:第203回国会参法第13号 附帯決議)。中には、「生殖補助医療は夫婦間のみではなく、セクシャルマイノリティーやシングルの人も対象にすべき」といった内容から、「代理懐胎については代理で妊娠・出産する女性の健康上の負担も考え、慎重に議論すべき」といった内容までが盛り込まれています。

また、生殖補助医療に関する規制や、精子、卵子、胚の提供とそのあっせんに関する規制、第三者の精子や卵子、胚の提供を受けた人や提供者、生まれた子に関する情報の保存・管理・開示などに関する制度など、何をどう規制するのかは先送りされています。例えば、現在カルテの保管義務は5年ですが、5年では生殖補助医療で生まれた子どもが自分の出自を知りたいと考えた場合、既に情報にアクセスできなくなっている可能性があります。こうしたことも含めて、柘植氏は「この法律にはまだ不十分な点がある」と語ります。

法案提出から3週間足らずで成立はあまりに早い

スライド資料より

柘植氏は「今回初めて法律制定に関わるロビーイングをした」そう。そんな柘植氏がその過程で最も疑問に思ったのが、「プロセスが民主的ではないこと」でした。

法案が参議院に提出されたのが2020年11月16日(法案は衆議院から審議するのが一般的だが、参議院から始まるケースもある)で、3日後の19日には参議院法務委員会で審議と決議が行われることになっていました。つまり議員たちは、この3日の間に法案を読まなければならなかったのです。18日には、柘植氏も参考人として法案への意見を述べました。翌20日に参議院本会議で了承となり、衆議院に法案が回ります。衆議院では12月2日に法務委員会で審議と決議がなされました。そして、12月4日に衆議院本会議で了承、法律の成立となりました。

柘植氏は、「法案が出て3週間足らず。衆参それぞれの法務委員会で2.5時間ずつくらいしか時間をかけずに、法律が決まってしまっていいのか?」と懸念を示すと同時に、審議に時間をかけられることがなかった背景には生殖補助医療への社会からの関心がまだ薄いのではないかと述べます。

生殖補助医療にはまだたくさんの課題がある

スライド資料より

では、生殖補助医療にはどのような課題が残されているでしょうか。柘植氏は、第三者が関わる場合も関わらない場合も(1)意思決定の尊重と意思決定のための支援(SRHR)、(2)出自を知る権利、(3)優生思想の3つを挙げました。

例えば、(1)では情報の収集と開示制度を整備する必要があります。日本産婦人科学会は非常に丁寧な情報開示をしている一方で、例えば、1人の女性(またはカップル)が不妊治療を始めて、出産に至った、また至らなかった割合はだれも知ることができません。「治療したけれど、子どもができなかったので諦めた」「養子縁組をした」という人がどれくらいいるのか。医療から外れた人は、日本産科婦人科学会の統計には出てきません。柘植氏は「『不妊治療をすれば子どもができる』と疑問を持たずに治療を始める人がいるのは、情報開示に問題があるから」と指摘します。

他にも、医師と患者が十分に情報を得て理解した上で合意する「インフォームドコンセント」の充実や、相談・カウンセリング・意思決定支援の整備、自立的な選択と他の選択肢の存在を知ること、危険性の認識とその知識の提供、子どもが得られなかったときの支援、自分が子どもを産めないとなったときの自己尊重感の低下防止や尊厳を守る方法などが、いまだに不十分であると課題を挙げました。生殖補助医療の技術を提示するだけではなく、意思決定を尊重し支援していく様々なサポートを充実させていくことがSRHRにおいて重要です。

柘植氏は、「『選択』ができることは、欲望を増大させます。しかし、精子提供や卵子提供を伴う医療の選択には他人が関与するうえ、医療側が提示した中でしか選べないので、それは自由に選べることを意味していません。選択をするためには、教育をはじめ、知識、情報、経験、人間関係などの条件が必要にもかかわらず、十分な選択肢が提示されない現状に疑問を感じています」と講演を締めくくりました。

【もっと知りたい人へ】柘植氏による本日のテーマに関わる執筆論文、書籍など

2021「生殖補助医療の親子関連法成立―何が問題か」『世界』2月号
2020「不十分すぎる…精子・卵子提供で生まれた子どもの親子関係を定める法案の「大きな課題」」「現代ビジネスオンライン」2020.11.16
2020「ビジネス化する「新型出生前検査」、無認定施設が急増している深刻な事情 市場原理と医の倫理を考える」「現代ビジネスオンライン」2020.09.12
2020「コメント:性と生の人権としての性教育をめざして」『児童心理学の進歩』金子書房
2019「第3章 生殖管理の戦後―優生保護法成立前の中絶と主体をめぐって」坪井秀人編『戦後日本を読み替える4 ジェンダーと生政治』臨川書店
2019「リプロダクティブ・ライツとは何か」『現代思想』9月号:99-107
2019「ささやかな欲望を支える選択と責任―卵子提供で子どもをもつ理由―」『思想』1141巻:27-49
2017「女性の健康政策の20年:リプロダクティブ・ヘルス/ライツから出生促進政策まで」『国際ジェンダー学会誌』14号, pp.32-52
2012『生殖技術―不妊治療と再生医療は社会に何をもたらすか』みすず書房

YouTube「柘植あづみの生命倫理チャンネル」

柘植あづみ(つげあづみ)

1960年三重県生まれ。明治学院大学副学長(2021〜)、教授。

埼玉大学理学部卒業、同大学院理学研究科修士修了、5年働いたのち、お茶の水女子大学大学院博士課程に入学、医療人類学、ジェンダー論、生命倫理学等を学び、1994年に単位取得退学、1996年に同大学院から博士号授与。
1994年〜1999年北海道医療大学教員を経て、1999年〜現在、明治学院大学社会学部教員。

主な著書は『生殖技術――不妊治療と再生医療は社会に何をもたらすか』(みすず書房)、共著に『文科省/高校「妊活」教材の嘘』(論創社)など。

執筆:増谷彩=omniheal/医療ライター
編集:高木大吾(Design Studio PASTEL Inc.)

投稿:2021年03月15日