SRHR Initiative(研究会)旧SRHRライトユニット

Sexual Reproductive Health and Rights Initiative

公開勉強会第1回 SRHRの基礎概念とそれを取り巻く国内外の現状や背景 森臨太郎氏

本ライトユニットのテーマであるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(SRHR:性と生殖に関する健康と権利)は非常に広義な概念です。2020年12月20日にオンラインで開催した第1回となるこの勉強会では、まずその基礎概念とそれを取り巻く歴史や世界の状況を理解するため、国連人口基金(UNFPA)アジア太平洋地域事務所の地域アドバイザーである森臨太郎氏を招いてお話しいただきました。

国連で2番目に難航する「人口と開発」に関する会議

森氏によれば、国連で最も結論が出ない会議は「国連安全保障理事会(安保理)」で、次に結論が出ない会議が「人口と開発」に関する会議と言われることもあるそうです。SRHRの話題も、人口と開発に含まれます。人口と開発に関する会議が難航する背景には、宗教が大きく関わっていると言います。

1960年代から70年代にかけて、人口爆発が起こりました。ここで問題になったのは、食糧危機や都市化、環境問題でした。そこで国際的な資金によって開発途上国や市場経済移行国に人口関連の支援を行う機関として、国連総会のイニシアチブの下、1969年にUNFPAが設立されました。1960年代は、人口爆発についてよく議論された時期でした。

人口爆発に対し、多くの国が出産に制限を課し、強制的に人口制限を行おうとしました。全体主義的に、子どもの出生数を低下させるという政策を打ったのです。これが、議論の始まりでした。多くの途上国で出産に制限がかけられる状況になり、議論ではその制限は悪策とされました。

この議論も、国連で結論が出ないものでした。国連では人権の問題を扱う一方、環境の問題も考えなくてはならないため、結論を出すのが難しかったのです。「結論が出ないため、存在感のない問題としてずっと積み残されていた」(森氏)。

SRHRの原点となった国際人口開発会議

この状況を変えるエポックメイキングな機会になったのが、1994年にエジプトのカイロで開催された国際人口開発会議(ICPD:International Conference on Population and Development)でした。鍵となったのは、「カイロ国際人口・開発会議行動計画」(カイロ行動計画)が示されたことでした。この中で、リプロダクティブライツ(生殖に関する権利)について、「全てのカップルと個人が、自分たちの子どもの数、出産間隔、ならびに出産する時を責任を持って自由に決定できる権利がある」という旨の定義がなされました。

スライド資料より

「権利がある」と言っても、環境や個人が置かれた状況によってできないことがあるので、ライツの意味は少し複雑です。上記の文には、「決める権利は個人やカップルにあるが、できない状況があることもあるので、そういう環境にいる人も支援し、実行できるようにするのが政府の仕事である」という意味の文言が続いています。子どもをたくさんつくらないと労働力が足りない、貧困で産めない、家族計画に関する知識不足……、そういったことを含めて総合的に支援する政策を整備し、個人やカップルが自由に決められる環境づくりをしようと合意されました。この政策はダメ、あの政策はダメといった批判ではないところで合意ができたのです。

国際会議ですから、加盟国全員の合意が必要となりますが、1994年のカイロでは、先進的でリベラルな合意にたどり着きました。国連にとっても、SRHRの歴史にとっても大きな一歩だったと思います。

国連人口基金は当時、ドナー(支援)国の状況が異質な国際機関でした。米国は、共和党政権になるたびに国連人口基金への支援金拠出を停止します。脱退はしませんが、お金を払わなくなるのです。こういった事情があるため、多くの国連機関では主要ドナー国のトップが米国であることが多いのですが、国連人口基金では、主要国ドナーとして、北ヨーロッパ(スウェーデン、ノルウェー、イギリス、オランダ)と日本の存在感が大きいのです。

北ヨーロッパは、人権意識がとても強い国です。例えば「家族のあり方」という文脈で、伝統的な家族、父と母がいて子どもが2人いて……といった意味で「家族」という言葉を使えば、強い抵抗を示されます。結婚していないカップルに子どもがいてもいい、誰と性行為をしてもいい、と「家族の形は自分で決める」という話になっていくので、保守的な日本とは話が合わなくなります。

ただ、日本もこの分野においてはリベラルな方かもしれません。中絶に幅広い選択肢があり、避妊についてはコンドーム偏重というズレがあるものの、性感染症を考慮しているのだと説明できないわけでもありません。しかも、国民に政府が強制したわけでもなく、自然と浸透しているので、国際会議でも比較的大きな顔ができます。日本の保守的な部分では合意が難しいこともありますが、少なくとも「望まない妊娠を防ごう」とか、「避妊の選択肢を増やそう」といったところは合意できています。

UNFPAの4つの柱

ICPDは日本においても重要な会議だったので、国際人口・開発会議行動計画は、外務省の訳により日本語でもその要旨が作られています。ここで、Reproductive Healthの日本語訳は「生殖に関する健康」、Reproductive Rightsの日本語訳は「生殖に関する権利」とされました。重要なのは、「……に関する」という言葉で幅を持たせていることです。「性に関する権利」や「生殖の権利」などと訳してしまうと、微妙に意味が違ってきますので、注意すべきポイントです。

言葉に幅を持たせる理由の1つとして、森氏は「ジェンダーの問題がメインだから」と言います。SRHRの裏にある問題は、ほとんどがジェンダーに関連する問題なので、ここを解決していかないとSRHRも進まないということです。カイロ行動計画でも、「ジェンダーの不平等が、人口増加、人口構造および分布といった人口学的な要因に影響を与えている」とジェンダーの問題に触れられています。

現在ジェンダーの問題は「ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関(UN-Women:United Nations Entity for Gender Equality and the Empowerment of Women)」が主に取り扱っていますが、これができるまではUNFPAが扱っていました。実は、日本の国会議員はUNFPAを熱心に支援する方が多いのです。特にサブサハラアフリカで、多産で困っている女性を何とか支援できないかというまっすぐな気持ちで支援を続けられている方が多いようです。

スライド資料より

UNFPAには、4つの柱があります。(1)リプロダクティブ・ヘルス・サービスの向上、(2)性教育を含めた思春期の若者、女性への支援、(3)ジェンダー平等、女性のエンパワーメントなどの推進、(4)人口動態データに基づいた持続可能な開発を進めること、としています。前半の3つの柱はかなり重なっていますが、4つ目だけ全然違う話になっています。

森氏によれば、1969年にUNFPAが設立されたときは、4つ目の柱が中心でした。「先ほど、米国は国内の政治的な理由によってUNFPAにあまり関わってこないので、北ヨーロッパが主要ドナー国となっているというお話をしました。北ヨーロッパの国の関心事項が前半3つの柱なので、1994年の国際人口開発会議の前後から前半の3つの柱が上がってきて、今ではこの3つの柱がUNFPAの中心となっています」(森氏)。こうした背景から、一見SRHRを扱っている組織名とは思えないUNFPA(国連人口基金)が、SRHRを扱っているのだと言います。

政治に大きな影響力を持つ「宗教」

次に、「なぜ米国が口を出したがらないのか? 」について、森氏に解説いただきました。2020年の米大統領選挙でも話題になりましたが、米国内の選挙戦ではキリスト教の団体が大きな力を持っています。さらに、「キリスト教の団体」と一口に語ることもできず、さらに細かい教派に分かれています。

例えば、キリスト教最大の教派であるカトリックは長らく、「基本的に避妊は認めない」という姿勢でした。そのためカトリック教国である南ヨーロッパや中南米では、性と生殖に関する選択がなかなか広がりませんでした。カトリックは保守的な背景があり、神父や教会の権限が非常に強く、一般信者はそれに従うといった側面があります。今は、ローマ・カトリック教会もSRHRに関して厳密ではなくなってきているので、現実には避妊具が使われるようになっており、中南米や南ヨーロッパなどの教国の多くは豊かな国なので、特に中南米などではどちらかというと少子化の方が問題になってきています。

また、プロテスタントの各教派も政治に大きく影響しています。例えば、長老派は、スイスのジュネーブを中心にドイツ、フランス、オランダ、南アフリカなどに広がっている教派ですが、「救済される人はあらかじめ決まっている」という主義です。神父の鶴の一声で決めるのではなく、みんなで話し合って教会運営をするリベラルで合意性のある宗派ですが、その一方で、女性牧師を認めないなど、男尊女卑が色濃く残っています。

他には、聖書に回帰する主義の福音派があります。教皇長の権限は認めず、聖書だけを認めるという考え方です。聖書は何千年も前に作られたものなので、当時の文化・背景を反映しているはずですが、それをそのまま引き継いでいるのが福音派です。米国ではとても力が強く、人工妊娠中絶を絶対に認めないので、産婦人科クリニックに火を付けるといった騒ぎも起きています。

こうしたさまざまな教派がそれぞれ米大統領選に影響します。その結果、保守的な共和党が政権を取れば、主に人工妊娠中絶に対する考え方の違いから、UNFPAへの拠出金がゼロになるというわけです。このように、SRHRの議題がなかなか合意できない理由の1つが、宗教的な理由です。

少子高齢化の本質は「人生全体が延びている」こと

最後に、少子高齢化の考え方についてお話いただきました。「少子高齢化と言うと高齢者の課題と思うかも知れないが、ちょっと違うと思っている」と言う森氏。高齢化の本質的な課題は、「高齢者が増える」ことではなく、「ライフスパン全体が延びている」ことだと指摘します。「同じ60歳でも、20年前の60歳と現代の60歳では、健康度が全然違う。人生全体が延びているのであり、高齢の部分だけが延びているわけではない」(森氏)。

スライド資料より

「人生全体が延びる」という言葉通り、「子ども時代」の期間も延びています。年齢別に収入と消費のバランスを見たとき、消費ばかりするのが「子どもの時期」だとすると、経済的自立までの時間は近年ますますかかるようになってきています。大学に行ったり、研修期間があったりと、教育期間がどんどん長くなっているのです。

こうした社会の変化を含め、政策・制度が人々のニーズに追いついていないのが現状です。高齢化の最も大きな要因は少子化ですが、産めよ増やせよと唱えて産んだ人にインセンティブを付けるような全体主義的な政策では、ICPDの時代に戻ってしまいます。

ICPDの時代と今の時代の最も大きな違いは「多様性」です。少子化の国から多産の国まで、国際的にはいろんな状況の国があります。産みたくても産めない理由としては、婚姻の話、教育コストの話、セーフティーネットの話など、悩みが個別化しているので対応はより難しくなっています。それでも、ICPDの結論と同じく、「自分たちの子どもの数、出産間隔、ならびに出産する時を責任を持って自由に選択、決定できる」ことが大切。森氏は、「産みたくても産めない状況については、政府が包括的な環境作りをしていかなければならない」と強調しました。

森臨太郎(もり りんたろう)

国連人口基金・アジア太平洋地域事務所
人口高齢化と持続可能な開発に関する地域アドバイザー
京都大学大学院医学研究科・客員教授

日本をはじめ、豪州、ネパール、英国などで小児科医師として診療に従事。また、英国保健省下のNICE(National Institute for Health and Care Excellence)や世界保健機関などで、保健政策の策定や評価にかかわり、東京大学、国立成育医療研究センター等を経て、現職。博士(医学)、日英両国の小児科専門医。主要学術雑誌に学術論文300編以上出版、著書に「持続可能な医療を創る」(岩波書店)、「イギリスの医療は問いかける・良きバランスへ向けた戦略」(医学書院)など。専門は持続可能な社会と保健医療制度。

執筆:増谷彩=omniheal/医療ライター
編集:高木大吾(Design Studio PASTEL Inc.)

投稿:2021年01月18日