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Sexual Reproductive Health and Rights Initiative

公開勉強会第3回/中編「生きる教育、性教育、どうやって広める〜包括的性教育の大切さ〜」高橋幸子氏

同日の公開勉強会では、小野氏に続き、外部講師として学校の性教育に積極的に取り組む産婦人科医の高橋幸子氏(埼玉医科大学産婦人科)に、包括的性教育についてお話を伺いました。中編として掲載します。
後編は、家庭で行う性教育のためのサイト「命育(めいいく)」を運営する宮原由紀氏(Siblings合同会社CEO)の講演に続きます。

日本の学校現場に包括的性教育を広げる産婦人科医の取り組み

現行の学習指導要領では、小学4年生で射精や月経、小学5年生で人の誕生について学びますが、「性行為とは何か」は学びません。中学3年生では性感染症予防のためにコンドームを使うことを学びますが、やはり性行為については学びません。これでは十分な理解が得られないということで、学校の教師が教えられない範囲の性教育を行うべく、高橋氏のように外部講師が活躍しています。

高橋氏が行うのは、「包括的性教育(CSEComprehensive Sexuality Education)」です。包括的性教育という言葉は、2018年に改訂された「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」において説明されています。同ガイダンスでは、4つの年齢段階に、8つのキーコンセプトに沿って、それぞれ段階的に積み重ねながら性教育を伝えていくこととしています。

そもそも、高橋氏が性教育を積極的に行う産婦人科医になったのは、医学生の頃、産婦人科の研修中に、不妊症の患者に出会ったことがきっかけでした。性感染症の影響で、将来妊娠したいと思ったときに妊娠できない状態になる可能性を知らずに無防備な性体験をしてしまう人がいることを知り、性教育を一生の仕事にしたいと考えるようになったのでした。「今思えば、不妊症の原因は男性と女性で半々だし、その患者さんが性感染症をきっかけとした不妊症だったかは分からないが……」(高橋氏)。

高橋氏は、性教育を行う産婦人科医になった後、医学生だった頃に考えていた「性教育」は、包括的性教育においてはほんの一部に過ぎないことに気付いていきます。「当時私が考えていた性教育は、同ガイダンスで言えば8番だけに過ぎない。性教育を伝える活動を通して、8番だけでは到底足りないことに気付いたことから、包括的性教育を心がけるようになった」と高橋氏は変化を語ります。

なお、国際セクシュアリティ教育ガイダンスが2009年に初めて発刊されたときは、キーコンセプトは6つだけでした。

これが、改訂版で8つに増えました。「6つのキーコンセプトの2番と3番が、改訂版では奥行きをもって25番に拡大している」と高橋氏は解説します。

では改めて、包括的性教育とは何なのでしょうか。高橋氏は、「同ガイドラインの解説文に全てが込められている」と言います。

包括的セクシュアリティ教育(CSE)はセクシュアリティの認知的、感情的、身体的、社会的諸側面についての、カリキュラムをベースにした教育と学習のプロセスである。それは、子どもやわかものたちに、次のような事をエンパワーメントしうる知識やスキル、態度や価値観を身につけさせることを目的としている。(【改訂版】国際セクシュアリティ教育ガイダンス p.29

解説文では、自分が理解しようとすること、その行動を取ろうと思えること、体を守ろうと思えること、その行動を取るために社会が守ろうとすること、そうした側面から、カリキュラムをベースにした教育と学習を行うこと――とされています。高橋氏は、「『カリキュラムをベースにした』という点で耳が痛いのは、私は性教育の時間をたった1回設けてもらうだけなので、この1回で全部話すべく詰め込んでいる。問題提起から入り、ちょっと考えてもらって、あとは結論を伝えている。それではすぐに忘れても仕方がない。本来は、カリキュラム的に積み重ねてやっていくことが包括的性教育と言われている」と難しさを語ります。

包括的性教育では「態度や価値観を身につけさせること」を目的とした「教育と学習のプロセスである」というところが重要です。子どもたちはただ教えられるだけではなく、子どもたち自身でちゃんと学習できるカリキュラムにする必要があるのです。例えば、スウェーデンでは、高橋氏が90分で話している内容を、小学6年生の6時間分の授業時間を使って説明しています。「スウェーデンの性教育の授業では、生徒たちがディスカッションする時間もあると聞き、日本との違いを感じた」と言う高橋氏は、「現行の日本の学習指導要領では、子どもたちが性教育を受ける権利が十分守られているとは言えない」と指摘します。

一方で、明るい兆しも見えています。2018年に成立した「成育過程にある者及びその保護者並びに妊産婦に対し必要な成育医療等を切れ目なく提供するための施策の総合的な推進に関する法律(成育基本法)」の中には、バイオ、サイコ、ソーシャル(biopsychosocial)の視点から見る妊娠・出産・子育てをサポートしようということが書かれています。

さらに成育基本法の規定に基づく「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針」には、思春期の「性に関すること」、「健康教育の充実」と書かれています。高橋氏は、「新しい法律ができ、国が性教育に予算を付けてくれると嬉しく思った。こんな法律もできたので、みなさんと一緒に包括的性教育に取り組んでいきたい」と期待を膨らませています。

高橋幸子(たかはしさちこ)

2000年山形大学医学部卒業
埼玉医科大学医療人育成支援センター・地域医学推進センター/産婦人科/医学教育センター助教
日本家族計画教育クリニック非常勤医師
彩の国思春期研究会西部支部会長
2020年11月『サッコ先生と!からだこころ研究所~小学生と考える「性ってなに?」』(リトルモア)
2022年1月『マンガでわかる!28歳からのオトメのからだ大全』KADOKAWA
令和2年度厚生労働科学特別研究事業「#つながるBOOK」制作

執筆:増谷彩=omniheal/医療ライター
編集:高木大吾(Design Studio PASTEL Inc.)

投稿:2022年07月04日