SRHR Initiative(研究会)旧SRHRライトユニット

Sexual Reproductive Health and Rights Initiative

連載:わたしのからだだから第7回 世界人口白書2021 図10に関する日本の回答のずさんさについて

京都大学リプロダクティブ・ヘルス&ライツライトユニットでは、UNFPA(国連人口基金)の依頼で世界人口白書2021の翻訳協力を行いました。この翻訳を行う上で、白書の中で強調したい点や日本における性と生殖に関する健康と権利(SRHR)との関係についてコラム形式で連載します。

私たちは世界人口白書2021の日本語翻訳に協力する中で、やはり、日本のデータが気になりました。
本稿では、私たちが気付いた、日本が国連人口基金からの質問紙に回答したその内容について、吟味していきます。

翻訳中に気付いた、図10の日本の点数への疑問

世界人口白書2021にはたくさんの国際比較表がありますが、なかでも図10では、15歳以上の男女に対する、性と生殖に関するヘルスケア、情報、教育に関する完全かつ平等なアクセスを保障する法整備ができているかどうか、を100点満点で表しています。(数字が高いほど、きちんと法整備されている)そしてこれを国別に比較できるように表にしています。

日本は全体で見ると83点。とても優秀にみえます。でも中身を見ると…え?これ本当にちゃんとした数字?と疑問がいっぱい。「マタニティケア」のうち、「救命医療と必需品」は85点。「中絶」0点。「中絶後のケア」は0点です。一方で、避妊サービス、性教育、HIVやHPVはすべての項目で100点満点となっています。

え?えええ?日本は中絶がしにくくて、避妊や性教育に関する法整備が100点満点の国だというの???どういうこと???産婦人科医師としての臨床感覚とすっごく乖離している…。

どんな点数の付け方をしたんだろう?と調べてみると、質問表回答が公開されていました。*下記の図は日本の回答を示したページです。

低い点数がついたのはなぜ?

まず、低い点数がついている「マタニティケア」のセクションから。質問表と回答を見比べて、なぜ点数が低いのかを確認していきましょう。(以降の図はすべて、公開されている質問日本の回答をもとに、筆者が表を作成しています。)

「救命医療と必需品」が100点満点ではない理由は、必須物資とされた物品の中で、女性用コンドームと避妊用インプラントが国内で手に入らないことでした。

女性主体の避妊の選択肢が乏しいことは、他国と比較しても、日本の現状の課題と思います。

「中絶」が0点になってしまった理由については、女性の命や健康を守る目的やレイプ被害の場合に中絶が合法的に可能なこと対して3点加点された一方で、医師の承認が必要なこと、夫の同意が必要なこと、女性が違法に中絶すると罰せられることがあること(刑法堕胎罪があること)で、それぞれ1点ずつ、計3点が減点されたためでした。

日本で合法的に人工妊娠中絶術ができるのは、母体保護法という法律のおかげですが、これは、優生保護法がもとになっているもので、女性のからだの自己決定権をまもるため、という法律になりきれていないのですね。

「中絶後のケア」も0点となっています。日本では、どの病院でも1〜数週間後に受診してもらって、子宮にトラブルがおきていないか確認するなど、中絶後のからだのケアは他国と比べてもきちんとしている方だと思うのですが、0点です。(こころのケアがおざなりであることは大いに反省すべきです。)私たちの話し合いの中では、これが0点なのは、中絶後のケアについては医療機関の独自の取り組みであって、法律で言及されているわけではないため、かなあ、と推測しました。

 

日本が回答した100点満点ってほんと?

次に、100点満点と回答されているセクションを見ていきましょう。

まず避妊のセクションについて質問紙と、日本からの回答を解釈すると、下記のようになります。

 

1)日本の法律では、すべての人に避妊へのアクセスを保障していて、その運用を阻害するような法律や規則はない。
2)年齢や性別、法的に結婚しているかどうか、医者や権威者が認めているか、により、避妊へのアクセスが制限されることはない

3) 避妊サービスを受ける前に、完全で自由な、そして十分な情報を与えられた上でのインフォームドコンセントを得ることを、法律や規則で定めている。そしてその運用を阻害するような法律や規則はない。
4) 緊急避妊法へのアクセスを保障する法律や規則があり、その運用を阻害するような法律や規則はない。

ああ、もしこれが本当だったらどんなに素晴らしいでしょう。
私の目から見る実情は、下記のようなものです。

1)  日本では女性主体の避妊法へのアクセスはとても悪く、医療機関にいかなければ手にはいりません。未成年の方々は親や周りの大人にばれないように受診するのはハードルが高いですし、値段が高いために使いたくても使えない人がたくさんいます。すべての人へのアクセスを保障するものではありません。また、未成年だと医療機関で保護者の同意を求められるなど、アクセス保障を阻害する規則があります。
2) コンドーム以外の現代的避妊法を手にするためには医者の処方箋が必要であり、アクセスが制限されています。

3) コンドーム、経口避妊薬、IUD…これらのメリットデメリットをよく理解して、自分に合った避妊方法を選んでいるカップルが、一体どれだけいるというのでしょう。医療機関に行かずとも手に入るのがコンドームのみであるために、その効果が現代的避妊方法の中で最も低いものの一つであることを知らずに、コンドームの避妊効果を盲信しているカップルがどれだけ多いことか。
4) 緊急避妊法も、医療機関でしか手に入らず、しかも高額で、すべての人へのアクセスが保障されているとは言えません。

 

次に「包括的性教育」のセクションを見てみましょう。こちらも100点満点でしたので、質問紙と、日本からの回答を解釈すると、下記のようになります。

5) 包括的性教育を、公的教育カリキュラムに含むように、法律や規則で定めている。そしてそれを阻害するような法律や規則はない。ここで、包括的性教育には、1. 人間関係 2.価値観、人権、文化、セクシュアリティ 3. ジェンダーの理解 4. 暴力、同意、安全 5. 健康と幸福(well-being)6. 人間の身体と発達 7. セクシュアリティと性的な行動 8. 性と生殖に関する健康のすべてを含んでいる。

これは、理想を答える質問紙だったのでしょうか?いや、「マタニティケア」の点数が低いことを見ても、そうではないことがわかります。私の目に見える現状は、下記です。

5) 包括的性教育は学習指導要領の中に盛り込まれておらず、さらに、「受精に至る過程は取り扱わない」「妊娠の経過は取り扱わない」という歯止め規定があります。

続いて「HIVとHPV」のセクションを見ます。こちらも100点満点がついています。

6)HIVの治療やケアへのアクセスを保障する法律や規則があり、それを阻害するような法律や規則はない。年齢や性別、法的に結婚しているかどうか、医者や権威者が認めているかどうか、により、HIVの治療やケアへのアクセスが制限されることはない
7)HIV感染に関する守秘を保障する法律や規則があり、それを阻害するような法律や規則はない。年齢や性別、法的に結婚しているかどうか、医者や権威者が認めているかどうか、により、HIV感染に関する守秘が制限されることはない
8) 思春期の少女にHPVワクチンを保障する法律や規則があり、それを阻害するような法律や規則はない

こちらについて、私の目から見える日本の実情は下記です。

6) HIVの検査は匿名で無料で受けることができますが、治療となると、15歳以上でも未成年ならば保護者の同意が求められることが多いと思います。
7)HIVに限らずどの疾患に関しても、職場や家族に病名を秘密にできるはずです。一方で、施設入所などの際に感染の有無の申告を要求される、などの事例はあると思います。

8) HPVワクチンは小学校6年生~高校1年生相当の女子で定期接種となっていて、無料で受けることができます。一方で、2013年6月から、2021年7月現在まで積極的勧奨中止となっています。積極的勧奨が中止されたのは、ワクチンの副反応として「様々な症状」が生じるのではないか、という懸念からでしたが、その後、科学的な因果関係が立証されないことが示されているにも関わらず、8年間そのままになっています。

 

以上、世界人口白書2021の図10に見える、日本から国連人口基金に回答した文書について、疑問点を指摘しました。

せっかくのグローバル調査ですのに、日本の回答の信憑性がないと、他の国の回答の信憑性も薄れてしまいます。質問紙調査に協力した行政の方々は、忙殺される日々の中、なんとか回答したものだったのかもしれませんが、もう少し真摯に答えていただきたかったです。

池田裕美枝 京都大学医学部附属病院産婦人科

投稿:2021年07月12日